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 ギリシャ語のエポック epoch(期)という言葉は、一つの動きを持っている或る一面が終わって、新しい局面が始まるその時点のことを指している。今日ではこのエポックという言葉は、その持っている本来の意味とは 甚だしく違ったセンスで使用されていて、私たちがエポックと呼んでいるのは、その始まりと終わりに 重大な出来事や極めて大きい変化があって、それがはっきりとマ-クを付け、その上 それ自身の目覚ましい発展とか 個性的な特徴とかを持っているという そういった期間のことなのである。
ギリシャの芸術の歴史は、5 つの主要なエポック(期)に分けられるのが通例である。つまり ジオメトリック期 Geometric(訳注 28)、ア-ケイック期 Archaic(訳注 29)、クラシカル期、ヘレニステイック期及びロ-マン期の 5 つがそれである。これらのエポックはどれも、歴史上の出来事であるとか 様式上の変化であるとかいったものに基づいて、更に幾つもの副次的な期間に細分化されている。一人一人の作家の年齢とか 才能、更には 色々な分野の芸術の持つ地位とか 本質とかに応じて、或る一つのエポックから次ぎのエポックへの移り目が はっきりしていなかったり、或る一つのエポックの終わりが 次ぎのエポックの始まりと重なり込んだりすることがあったのは、言うまでもないことである。

 ジオメトリック期は、その期間に作られた壺の装飾模様に 幾何学のパタ-ンが流行していたことから、その名で呼ばれる様になったものである。大雑把に言えば、ドリス人移住期の終わり頃に始まり、B.C.8 世紀の後半になって 幾何学型式が見られなくなった頃までの 400 年の間が このエポックに含まれている。ア-ケイックという言葉は、ギリシャ語の<archaios>に由来している。B.C.5 世紀に ヘロドトス Herodotus(訳注 30)とか ツキュデイデス Thucydides(訳注 31)とかが、この言葉を使って 彼等自身の過ごした時期より遥かにずっと昔にあった 古代世界のことを記述したのである。ギリシャ芸術におけるア-ケイック期の世代は、現代の用語で言うなれば B.C.6 世紀と 7 世紀に相当し、ジオメトリック期とクラシカル期との間にある短い期間であったとも言えよう。クラシカル期の方は、B.C.5 世紀から 4 世紀一ぱいに亘っている。ギリシャのクラシカル期と正式に呼称されているこのエポックは、造型美術の分野では B.C.448 年から 432 年にかけてのパルテノン神殿の彫刻群が出来るまでは その存在が余りはっきりとは判っていなくて、ア-ケイック期のエポックからパルテノン神殿の時期までの過渡期は、<シビア・スタイル期 Severe Style(訳注 32)>という名で知られる自前の期間として はっきり区分されていた。B.C.323 年の アレクサンダ-大王 Alexander the Great(訳注 33)の死から始まって、アウグストス帝Emperer Augustus(訳注 34)の即位した B.C.31 年に到るまでの 300 年の期間を ヘレニズム Hellenism(訳注 35)という用語を用いて記述したのは、史家のヨハン・グスタフ・ドロイゼン Johann Gustav Droysen(訳注 36)であって、100 年以上も前に著わした史書の中で、彼がこの用語を始めて使ったのである。この用語は後になって、考古学者たちの手で このエポックの美術の歴史に用いられるようになった。

 まるまる 1000 年もの間 ギリシャ芸術を培(つちか)って来たこの勢いのよい流れは、ロ-マ帝国の治世期間中になると段々と干涸(ひから)び始めて来た。素晴らしいギリシャ彫刻が、ロ-マ風の衣裳を付けた宮廷美術となった。アラ・パキス Ara Pacis(訳注 37)の上に見受けられるような上半身像の肖像とか、歴史的な浮き彫り碑といったもの、それに 凱旋門や、トラヤヌス帝 Trajanus(訳注 38)とか マルクス・アウレリウス帝 Marcus Aurelius(訳注 39)とかの円柱群といったものを別にすれば、殆どどれもこれもが、昔のギリシャの彫像であるとか 昔風の様式の作品とかの摸作や改作ばかりであった。従って、ギリシャの彫刻の歴史は ヘレニズムが終わったことに伴って、基本的には終熄したものであると見做している学者が多い。ロ-マ帝国の治世期間中でさえも、造型作家の大部分がギリシャ人であったことは 事実であった。併しながら、民族の新たな入り混(ま)じりとか ロ-マ人の思考法の影響とかを受けて、ギリシャ人の持っていた形態のセンスは、ますますひどく粉飾されていった。略称して <摸作者たちの期間>として知られていることの多い ギリシャ芸術のこの最終の段階は、この書物の中では 検討することとはしていないのである。

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