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( 01 ) 年    譜  
 

B.C.
776    ○ Olympiads による年代計算の始まり。Olympia での Coroebus の勝利。
     (訳注 Coroebus  B.C.776 年の第 1 回オリムピック・ゲイムズの唯一の競技の 1 stadion を走る短距離競走の優勝者)
750-650  ○Homer の秀れた叙事詩が集まって Iliad と Odyssey とが出来上がった。
750 頃  ○南イタリ−と Sicily 島とに ギリシャの植民都市が始めて作られた。
       ( Cumae キュ−ミ− 754 年 ; Syracuse 735 年 ; Taranto 708 年 ; Gela 690 年 ; Selinus 628 年)
     (訳注 Cumae イタリ−最古のギリシャ植民市とされる 南西部の古都)
750 の後 ○ Berlin の国立美術館のクラシカル考古品部所蔵のブロンズ製の馬の小像 (図版 1)
700 頃  ○ Athens の国立美術館所蔵の Acropolis の丘で出土した兵士の像    (図版 2 )
660 頃  ○ギリシャでの途徹もなく大きい石造彫刻品の最古のもの
640 頃  ○ Paris の Louvre 美術館所蔵の<Auxerre 美術館の小像>(図版 6)
600 より前○ New York の Metropolitan 美術館所蔵の Attica 地方の若者の彫像 (図版 11 - 13)
600 頃  ○ Delphi の美術館所蔵の Cleobis & Biton の彫像(図版 14 & 15)
594    ○ Solon がアテネで Archon となる。
     (訳注 Archon  ギリシャ語で<統治者>の意。行政担当エポニモス、国家宗教担当バシレウス、軍事担当ポレマルコスと
    6 人の裁判担当テスモテテスの 9 人でポリス統治の重責を担ったが、次第に将軍に地位を奪われた。
590 頃  ○ Corfu 島の Artemis 女神の神殿の西破風の彫刻物(図版 16 - 19)
570 頃  ○ Athens の Acropolis 美術館所蔵の アクロポリスの丘で出土した仔牛を担ぐ人物の像(図版 24 & 25)
560 - 527 ○ Peisistratus がアテネの僭主となり、その子 Hippias と Hipparcusとが その後継者となった。
550 頃  ○ Munich の Glyptothek 美術館所蔵の Tenea 出土の墓石の彫像(図版 36 - 38)
534    ○(Thespis 作の)悲劇がアテネで始めて上演された。
530 頃  ○ Athens のAcropolis 美術館所蔵のアクロポリスの丘で出土したキトンとペプロスとを着た少女の彫像
         (図版 43 - 45)
      ○ Copenhagen にある若者の頭部像(図版 46 & 47)
525 より前○ Delphi にある Siphnos 島の住民の作った神庫の彫刻物(図版 48 - 55)
520 頃  ○ Athens の国立美術館所蔵の Anavyssos で出土した Kroisos の墓碑像 (図版 57 - 61)
514/10  ○アテネにおける僭主政の終焉。 Hipparchus の殺害(514 年)と Hippiasの追放(510 年)とを記念し、民主政の
       新しい生誕の記念物として アテネの人々は Harmodius と Aristogeiton との二人の暴君殺害者たちのグル−プ像を
       彫刻家Antenor に作らせて、市場の広場にこれを建てた。
510 頃  ○ Athens の国立美術館所蔵の Aristion の墓石碑像(図版 71)
     ○ Aegina 島の< Aphaia 女神の神殿>の西破風の彫刻物(図版 72 - 77) 
     ○ Delphi にあるアテネの住民の作った神庫の metope の彫刻(図版 79)509
     ○Salonic 法規を民主的に拡げた法令を Kleisthenes が公布した。クレイステネスが奢侈を禁止したことにより Attica 地方の
       墓碑彫刻は Parthenon期に到るまで姿を消した。
500 頃  ○ Phidias と Sophocles( 406/05 年歿)とが生まれた。
500 - 449 ○ペルシャ戦争(イオニア地方のギリシャ人の反乱 500 年 ; Marathon 戦役 490 年 ; Salamis 戦役 480 年 ; Plataea 戦役 479 年)
494    ○ Miletus がペルシャ軍の手で破壊された。
480 より前○ Aegina 島の< Aphaia 女神の神殿>の東破風の彫刻物(図版 82 - 87)
      ○ Athens の Acropolis 美術館所蔵のアクロポリスの丘出土の少年立像 (図版 89 - 91)
              
B.C.
480   ○ペルシャ軍のアテネのアクロポリスの丘の破壊。 Sicily 島にあるギリシャ諸都市を Carthago 軍が攻撃し、カルタゴ軍
    は Himera で敗北した。
     (訳注 Himera B.C.648 年メッサナ植民の Sicily 島北側のギリシャ都市)477
    ○ Antenor の作った当初のグル−プ像をペルシャ軍が持ち去ったので、その代わりに Critius と Nesiotes とが暴君殺害者
    たちのブロンズのグル−プ像を新しく作って、アテネの市場の広場に建てた。
470 頃  ○ Delphi にある馭者の像(図版 102 - 104 とW)
      ○ Olympia にある Zeus 神と Ganymede との terra - cotta で出来たグル−プ像(図版 105 とX)
472    ○ Aeschylus 作の<ペルシャ人>の上演。
469    ○ Socrates の生誕。
460 頃  ○ Athens の国立美術館の所蔵の Artemision 岬の沖合いで引き上げられた Poseidon 神の ブロンズで出来た彫像
         (図版 130 - 132 & Y)
      ○ Rome の Terme 美術館所蔵の< Ludovisi の王座>の像(図版 134-137)
458    ○ Aeschylus のオレステイア Oresteia が制作された。
456    ○ Olympia の Zeus 神の神殿が完成した。(図版 107 - 125)
      ○ Sicily 島の Gela で Aeschylus が死去した。
448 - 432 ○ Parthenon 神殿の造営開始とその完成(図版 142 - 171)
      ○ 438 年に Phidias が 木の芯の周りに金と象牙を被せた Athene 女神の像を作って奉献した。
444    ○ Athens に Abdera 出身の<ソフイスト>のプロタゴラス Protagoras が始めて現われた。(<人間は凡ゆるものの尺度>
        と説く。)
    (訳注 Abdera   Hercules が Thracia 王の Diomedes の牝馬を奪った時に
      馬に引き摺られて死んだ寵愛の少年 Abderos の墓の傍らに創建した町)
    (訳注 Protagoras  B.C.481?-411? 年。ギリシャの最も有力な Sophist)
440    ○ Sophocles の Antigone が制作された。
440 頃  ○ Polyclitus 作の槍を持つ人の彫像
      ○ Rome の Terme 美術館所蔵の 死に瀕した Niobe の娘たちの像(図版 174 - 177)
431 - 404 ○運勢に変化があった後で Peloponnesian War は Athens の敗北に終った。
430 頃  ○ Athens の国立美術館所蔵の Eleusis の大きい献納の浮き彫り碑 (図版 172 & 173)
429    ○ Pericles の死去。
420 頃  ○ Albani 別邸にある騎馬者の浮き彫り碑(図版 179 - 181)
410/400  ○ Athens の国立美術館所蔵の Hegeso の墓碑浮き彫り(図版 187)
      ○ Athens の Acropolis 美術館所蔵の Nike 女神の神殿の胸壁の浮き彫り (図版 189 - 191)
406/405  ○ Sophocles と Euripides( 480 年頃の生誕 )との死去。
    (訳注 Euripides B.C.480? - 406? 年。ギリシャの悲劇詩人)
399    ○ 70 才の老人 Socrates がカップに入った毒薬を飲むよう強いられた。
394    ○ Athens の Cerameicus 美術館所蔵の Dexileos の墓石碑(図版 192)
387    ○ Plato(429 - 347 年) が Athens に Academy 学院を創設した。
370 頃  ○ Munich の Glyptothek 美術館所蔵の 暇乞いをする夫婦の姿を描いた墓碑の lekythos(図版 204)
      ○ Lysippus の初期の作品群
360 頃  ○ Scopas と Praxiteles との初期の作品群
      ○ Istanbul にあるトルコの美術館所蔵の Sidon で出土した<嘆き悲しむ女性像の装飾の付いている石棺>
     (図版 207 - 209)
353    ○ Persia 国王の Caria における総督である Mausolus が死去した。その生涯の間を通して Halicarnassus に自分の
        巨大な墳墓を建て、自分の姉妹であり 妻でもあった Artemisia が死去(351 年)した後には、彫刻家の         Scopas,Timotheus,Bryaxis 及び Leochares が この墳墓を賑々しく飾り立てた。(図版 211-217)

B.C.
340 頃  ○ Athens の国立美術館所蔵の Ilissus 川で出土した 浮き彫りのある墓碑(図版 226)
      ○ London の大英博物館所蔵の Ephesus にあった Artemis 女神の新しい方の神殿の一部の円柱の土台石(図版 223)
338    ○ Alexander 大王の父である Macedonia 国の Philip 王が、Chaeroneaの戦闘でギリシャ連合軍を打ち破った。
330    ○ Athens に新しく建てられた Dionysus 神の劇場に、 Lycurgus が偉大な悲劇詩人 3 人の彫像を立てた。
330/20  ○ Athens の国立美術館所蔵の浮き彫りのある Rhamnus の墓碑(図版 227)
      ○ Olympia の美術館所蔵の Praxiteles の Hermes 像(図版 228 - 231) 
     ○ Istanbul の考古学美術館所蔵の Sidon で出土した <Alexander 大王の装飾の付いている石棺>
     (図版 232 - 237 と[及び\)
336 - 323 ○ Alexander 大王。その死後 大王の後継者たち (the Diadochi )は支配権を求めて苦闘をし、大王の帝国から君主国
       が 5 つ現われた。Antigonos 王家支配下の Macedonia 国; Ptolemaios 王家支配下の Egypt 国(首都は
     Alexandria); Seleukos 王家支配下の Syria 国; Bithynia 国(首都は Nicomedeia);Attalos 王家支配下の
     Pergamon 国である。
    (訳注 Nicomedeia  小アジア北西部のトラキア系住民の古国 Bithynia の首都)
    (訳注 Attalos 王家 Philetairos がガリア人の侵入を抑え Pergamon を独立させた 283 B.C.から EumenesT(263-241),     AttalosT(241-197), EumenesU(197-160),Attalos U(160-138) を経て AttalosVが王国をロ−マに遺贈した
      133 B.C.まで続いた Pergamon の王家を呼ぶ。
322    ○ Alexander 大王の師の Aristotle(384 年の生誕)が死去した。
310 頃  ○ Phaleron の Demetrius が奢侈禁止の法令を公布した結果として アッテイカ地方の浮き彫りのある墓碑が姿を消した。
      ○ Boston の Fine Arts 美術館所蔵の Chios 島出土の少女の頭部像  (図版 242 & 243)
280   ○ Polyeuktos の制作した Demosthenes(384 - 322 年)の彫像を Athensの市(いち)が立つ広場に建立するよう
       Athens の人々が票決した。 (訳注 Polyeuktos  B.C.3 世紀前半のギリシャの彫刻家)
272    ○ロ−マ人が Taranto を占拠した。
270    ○ Epicurus(341 年の生誕)が死去した。
    (訳注 Epicurus B.C.341- 270 年。ギリシャの哲学者で、道徳の実践による精神的な快楽を追及した。所謂快楽主義は
       その説の俗化である)
264    ○ストア学派の哲学の創始者の Zeno(336 年の生誕)が死去した。
    (訳注 Zeno B.C.335- 263 年。 Kypros の Zenon と呼ばれるギリシャの哲学者で、Cynic 派のクラテスの影響を多く受け
     ストア派の祖となる)
264 - 146 ○ロ−マが Carthago の人々と戦ったポエニ戦争 Punic Wars が Sicily 島 (212 年に Syracuse)と南イタリ−(209 年に Taranto)とを再び征服して戦運を変えた後で終結し、カルタゴを滅亡(146 年)させた。
241 - 197 ○ Attalus 一世が Pergamon 王として在位。
240 頃  ○ Rome の Terme 美術館所蔵の < Antium の少女>と呼ばれる犠牲の召使いの像(図版 247)
      ○ London の大英博物館所蔵の Cnidus 出土の Nikokleia の像(図版 246)
      ○ Athens の国立美術館所蔵の Anticythera 島の沖合いから引き上げられた ブロンズ製の有髯の頭部像
     (図版 250 と])
210 頃  ○ Munich の Glyptothek 美術館所蔵の<Barberini の Faun 像>と呼ばれる 眠れる Satyr の像(図版 248 & 249)
209    ○ B.C.212 年には Hannibal が Taranto を占領したが、その後最後にロ−マ人たちがこの地を取り戻した。
190 頃  ○ Paris の Louvre 美術館の Samothrace 島の Nike 女神像(図版 262)

B.C.
180 頃  ○ Pergamon の人々がガリア人 Gauls(ガラテイア人 Galatians)を征服して獲ち得た勝利を記念して、 EumenesU王( B.C.197 - 159)は Pergamonに大祭壇を建立した。(図版 251 - 259)
      ○ Pergamon 出土の Alexander 大王の頭部肖像(図版 260 & 261)
168    ○ロ−マ軍がピュドナ Pydna で Macedonia の Perseus を撃破して勝利を収めた。将軍パウルス L.Aemilius Paullus は夥しい数のギリシャ彫刻品を 勝ち誇ってロ−マに持ち帰った。
    (訳注 Pydna Macedonia の Thessaloniki 湾岸の都市で、B.C.168 年ロ−マの勇将パウルスが精兵を率いてこの地で
     Macedonia 軍に大勝を得た)
    (訳注 Perseus Macedonia 王で、Pydna の戦いでロ−マ軍に破れ Samothrace島に海路逃れて降伏し、以後ロ−マの属州
    となった)
    (訳注 Lucius Aemilius Paullus Macedonicus ? - B.C.160 年。ロ−マの典型的な将軍。ロ−マの最高長官 Consul や高級官吏の Censor となり、保守的で立派な武将、善良な行政官であった。長い病気の後死去した)
160 頃  ○ Rome の Terme 美術館所蔵の Hellenistic 期の統治者のブロンズ製の彫像(図版 264 & 265)
156    ○ギリシャの哲学者たち Diogenes,Critolaus,Carneades をロ−マに派遣。
    (訳注 Diogenes  B.C.412? - 323? 年。ギリシャのキニク派哲学者。粗衣粗食で大樽に住み奇行に富む。Alexander 大王
       との問答で有名である)
    (訳注 Carneades 214-129 B.C. Plato を創始とするギリシャ哲学アカデミア派一派の中期アカデミア派の学者で、懐疑主義
    的思想を主流とする。
146    ○ Roma 軍が Corinth を壊滅し、Mummius が数え切れない量の美術品を 勝ち誇ってギリシャからロ−マに持ち去った。
    (訳注 Lucius Mummius Achaecus ロ−マ軍の将軍で、B.C.146 年に Achaea 同盟軍を破り 同盟を縮小させた。
      ○ Diadichi の諸王国は 或いは征服され 或いは法的な扱いによって ロ−マ軍の手に落ちた。Macedinia 王国
      148 年; Pergamon 王国 133 年; Bithynia 王国 74 年; Syria 王国 63 年; Egypt 王国 30 年。
120 頃  ○ Paris の Louvre 美術館所蔵の Melos 島の Aphrodite 女神の像 (図版 270 & 271)
90 頃  ○ Athens の国立美術館所蔵の Delos 島出土のブロンズ製の頭部像(図版 274 と]T)
86    ○ Sullaが Athens を制圧。Piraeus にあった要塞は撤去された。
40 頃  ○ Rome の Belvedere 館の Vatican Collections に属する Laocoon のグル−プ像(図版 278 & 279)
31    ○ Octavian が Actium の戦闘で Antony を破り、皇帝 Caesar Octavianus  Augustus (A D 14 年歿 )となる。

A D
117 - 138 ○ Hadrian 帝。繰り返しギリシャを訪問して、ギリシャ芸術を讚美しこれを助成した。124/125 年には Eleusis で大聖礼
    を受けた。
160 頃  ○ギリシャの旅行紀行家 Pausanias がギリシャで活躍。
267    ○ Heruli 族とゴ−ト族とが Athens を制圧し、ギリシャ中の神殿を略奪。323 - 337 ○ Constantine 大帝。
       キリスト教がロ−マ帝国の国教とされる。
393    ○ Theodosius の下 最後のオリムピック競技が開催される。
     (訳注 Flavius Theodosius 346?- 395 年。在位 378- 395 年のロ−マ帝国最後の皇帝。その死後ロ−マ帝国は東西に分裂した)
410     ○エラリック Alaric がロ−マを侵略した。
     (訳注 Alaric 370?- 410 年。西ゴ−ト族 Visigoths の王)
476     ○西ロ−マ帝国最後の皇帝ロムルス・アウグストウルス。
     (訳注 Romulus Augustulus 在位 475- 476 年。最高官吏 Patricius であるパンノニア人の父 Orestes により幼少で即位したが、ゲルマン傭兵隊長 Odoacer の反乱で退位。<可愛い皇帝>の意)

529     ○皇帝 Justinian の勅令で Athens の Academy 学園が閉校された。
     (訳注 Flavius Petrus Sabbatius Justinianus  在位 527- 565 年の東ロ−マ皇帝で、優柔不断 猜疑心が強いが、審美眼は高かった)

1204 - 1456 ○ギリシャはフランク族及びヴェネチア人の支配下に入る。
1456 - 1821 ○トルコ族が 1453 年に Constantinople を制圧した後、ギリシャはトルコ族の手に落ちた。ヴェネチア人は通商基地
    を要塞化して保有し続けた。
1506    ○ Laocoon のグル−プ像がロ−マで出土した。(図版 278 と 279)
1764    ○ J.J. Winckelmann が<古代の美術史>を刊行した。
1766    ○ Lessing が小論の <Laocoon>(又は<絵画と韻文との境界に関し 第1部>)を刊行した。
1786 - 1788 ○ Goethe がイタリ−に滞在した。
1802   ○ Elgin 卿がパルテノン神殿の彫刻品群を London に運び去った。
1811   ○[現在は Munich の Glyptothek 美術館所蔵の] Aegina 島の< Aphaia女神の神殿>の破風の彫刻品群が出土した。
        (図版 72- 77 と 82 - 87)
1812    ○(現在は London の大英博物館所蔵の) Phigalia にあった Apollo 神の神殿の metope と frieze の彫刻品群が出土した。
1821 - 1833 ○トルコ族に対するギリシャの解放戦争。Bavaria 王子 Otto が 1832 年にギリシャ王であることを宣言した後、世界
    の列強は 1833 年に Athensの Acropolis からトルコ軍が撤兵するよう強要した。
     (訳注 Otto 1832 年大統領のデイストリアスが暗殺された後迎えられて最初のギリシャの王となったが、専制的であった上
    に内政でも政争が絶えず、財政難にも悩み、 1862 年に革命で追放された)
1857 - 1858 ○ Halicarnassus, Cnidus, Miletus でイギリスの発掘作業が行われた。 ( C. T. Newton の指揮)
1870 - 1874 ○ (Boeotia 地方) の Tanagra で terra- cotta の土器群が出土した。
1871 - 1890 ○ Troy, Mycenae, Orchomenus, Tiryns で Heinrich Schliemann の発掘作業が行われた。
1875 - 1881 ○ Olympia でドイツの発掘作業が始めて行われた。この作業は 1936 年以降 引き続いて行われて来ている。
1876/80 以降 ○Delos 島と Delphi とで フランスの発掘作業が続いている。
1878 - 1886 ○ Pergamon でドイツの発掘作業が始めて行われた。この作業は 1900 年以降 再び続けられている。
1885 - 1891 ○ Athens の Acropolis の丘の上の Archaic 期の彫刻物を再発見すべく、ギリシャの体系的な発掘作業が
           P. Kavaadias と G. Kawerau との指揮の下に 1882 年に開始された。
1893    ○ Adolf Furtwangler 著の<ギリシャ彫刻の傑作>
     (訳注 A.Furtwangler 1853-1907. Olympia の発掘などに参加した考古学者で、<ギリシャ彫刻の傑作>など多くの著書がある)
1896 以降 ○ Corinth でアメリカの発掘作業。
1900 以降 ○ ( Arthur Evans 卿その他の人々の) Crete 島での イギリスとイタリ−との発掘作業。
     (訳注 A.Evans 1851-1941.イギリス考古学者で 1900 年以来イラクリオンの南方 5 km.にあるケフアレの小丘と付近の発掘
    調査に生涯をかけ、クノソスの壮麗な王宮跡を発見し クレタ文明を再現した)
1903/08   ○自著<新思考>中で Apollo 神( 初期 Apollo 神及び Apollo 神のア−ケイック期の torso 像) に捧げた R.M. Rilkeの十四行詩(ソネット)
1908/13   ○長年月に亘ってトルコの統治下にあった Crete 島が ギリシャと統合。
1910 以降 ○ Samos 島の Hera 女神の神殿における ドイツの発掘作業。
1914 以降 ○ Athens の Ceramicus における ドイツの発掘作業。
1930 以降 ○ Athens の Agora における アメリカの発掘作業。