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 古代ギリシャと非常に密接な繋がりを持っている私たちが このテ-マでどんなことを書いたとしても、どうしても 個人としての忠誠を宣言するという形を装うことになってしまう嫌いがある。ギリシャ芸術 とりわけギリシャ彫刻から私たちが受ける感動はとても大きくて、アッテイカ地方 Attica(訳注 01)の悲劇であるホメロス Homer(訳注 02)の叙事詩とか プラトン Plato(訳注 03)の哲学とかから受ける感動よりも、どちらかと言えば むしろ大きいものでさえある。ギリシャ彫刻が眼に見えるものであり、ギリシャが偉大であることの生きた証明であるとも言えるものであるが故にこそ そうなっているのである。併しながら、若し古典学者の史学的な調査が行われなかったとすれば、このことも 過去のものとなって消えてしまった多くのものと同じ様に、日の目を見ることも無く終わってしまったことであろう。ギリシャ彫刻はまだその上に、史学的な文書よりは遥かに重要な意義を持っているのである。古代の後期になってから 初めてこのことが真実であると認められたのであって、後日 ルネッサンス期 Renaissance(訳注 04)には、その目標(進路を導く星)として これが受け入れられている。この芸術は 古代ロ-マ人からの賞賛を受けていたものであり、 A D 15 世紀以降のヨ-ロッパ芸術家に極めて重要な造型上の影響を与えたものであるが、ウインケルマン Winckelmann(訳注 05)とその同時代の人々にとっては 研究に値する唯一つのテ-マとなって来てもいたし、もっと最近の時期でも リルケ Rilke(訳注 06)という才能のある詩人の活動を大いに励ましたのであった。この様に力強い影響力は、とりわけ ギリシャ人の持つ深い人間性によって齎らされたものであり、人間の姿を藉(か)りて示されている 卓越したこのギリシャ彫刻の中にこそ、その人間性が一番はっきりと見られているのである。これらの芸術作品は、西欧芸術に生命を与える源泉として  2000 年以上にも亘って生き残り、更にそれ以上に 汎ねく受け入れられている人間の価値の尺度として 生き残って来た。ギリシャ芸術にアプロ-チしようとする人は誰でも、素人であろうと 学者であろうと、娯(たの)しみを求める人であろうと 史実を求める人であろうと、疑う余地のないその影響に気付くことであろうが、同時に又、ギリシャ芸術が創り出している人間の像の重要性が、遥か彼方にまで及んでいることも 考えなければならないことであろう。

 このギリシャ・スタイルの彫刻の基礎を築いたのは、恐らく B.C. 1200 年頃に北方地域からギリシャ半島や小アジア地方 Asia Minor(訳注 07)の海岸部に侵入して来て、早くからそこに定住していた人々と混血し 文字通り本当の意味におけるギリシャ文明を創り出した ドリス人 Dorians(訳注 08)の移住者の人々であろう。エジプト Egyptとか近東 Near East の諸国では この時代以前にも、記念碑彫刻の芸術が 高度の発達を遂げていた。これら初期の文明民族に属する作家たちの作った 彫像とか 浮き彫りとかが、今日でも賞賛を受けているとは言いながらも、この世の芸術の歴史に新しい一章を始めたのが ギリシャ彫刻であるということを、私たちは良く知っている。一方のエジプトや近東の彫刻と 他方のギリシャの彫刻との間には、本質的な著しい相違がある。単純な言い方に直せば、エジプト人は 実物のシンボルを作ったのであるが、ギリシャ人は石を素材にして 生き物そのものを創り出したと言えよう。生き長らえて永遠になりたい という意味を持つ抽象作品を描くに当たって、エジプト人は 不易の芸術用語を発展させた。人間の姿を 正面からか 若しくは側面からだけしか見られることの無いようにしようとして 幾何学的な形に変え、その彫像と周りの世界との間にある如何なる種類の関連をも 暗示して示すことは全くなかった。ギリシャ人は 本質的に異なったやり方でアプロ-チしたのであって、作者は 完全な生き物 生きている生物を創り出そうと努め、作った彫像には その指先に到るまで生命の息吹きを注ぎ込もうと努め、更には彫像に 周りの空間との自然な関連を持たせようと努めた。ギリシャ芸術では どの作品をとっても、それが神殿であろうと 飲酒用の杯であろうと、又それが彫像であろうと 浮き彫りであろうと、作者は、それを生きている生物として捉らえ、又極く小さい部分に到るまで首尾が一貫している生物として捉えているのである。若者の競技者の身体は、ギリシャ人の作者にとっては 完全に自然のままのモデルであった。従ってギリシャ人の彫刻家にとっては 男性の裸体像はその生涯を通じて、出発点であり、自分の作る作品の主要なテ-マであり続けたのであった。

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