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アクロポリス美術館
 
 

◎  No.0631 アクロポリスの丘の上のアテ−ナ女神の旧(もと)の神殿の
破風の装飾であった大きい構成物の一部の アテ−ナ女神を含む 4 つの彫像


○ パロス島産の大理石で出来ていて、全像の高さは 2 m.であった。その頭部の像は 1863 年に、その他の断片はその数年後に、どちらもアクロポリスの丘の上で出土した。ペイシストラトス一門の人々は B.C. 525 年頃に パルテノン神殿とエレクテウム神殿との間にあった <ア−カイオス・ネオス神殿>と呼ばれるアテ−ナ女神の旧の神殿を再建して 修復し、当初の石灰石の破風彫刻群を 大理石のものに取り替えさせた。ここに展示された像は、その神殿の壮大な破風を装飾していた 大きい構成物の一部となっていたもので、2 つあった破風の内 東破風と思われるもののテ−マは、オリムポス山の神々と これに背くギガ−ス族との間の ギガントマキアの争いである。この争いの中で アテ−ナ女神はゼウス神と並んで、特別な役割りを果たしている。今日残っている断片から 構成の細部の姿を描き出すのは難しいが、この美術館に展示されている 人物像の新しい配列に従えば、中央の人物像の大きい土台の中央に見られる 復元図に示されている通り、全体で 10 人の人物から成り立つ構成となっている。中央の方に眼を向けて 蹲(うず)くまっているギガ−ス族 2 人は、この室では中央の人物像の幾分後ろに置かれているが、破風の中では 他の像と同じ平面に並んでいたものと考えて良い。殆ど丸彫りに近い形の 像であった。

○ ゼウス神とアテ−ナ女神の 2 人の神の像が 破風の中央に立ち、ゼウス神は左の方に 女神は右の方に向かっていて、お互いに背中合わせになって 夫々どちらも ギガ−ス族の一人と争っている。アテ−ナ女神の相手をしているギガ−ス族は エンケラドスで、左足の下部が 残っているだけに過ぎない。中央にある神々の 対になったこの 2 つのグル−プ像に続いて、その左右には 神とギガ−ス族とが絡み合って 相互に争っている 対になったグル−プ像が、もう一つづつあった。左のコ−ナ−に据えられていたギガ−ス像は、裸体で 髪を長くし 丸い顔をしていて、膝の所で左脚を曲げ 右の脚を後方に拡げて伸ばしていて、両足指の先端に体重を懸けて 慎重に 破風の中央で行われている戦闘に参加する 準備をしている。右のコ−ナ−にいる もう一人のギガ−ス族も亦 同じ準備をしている。この 2 体のギガ−ス族の彫像は、破風の両コ−ナ−に ぴったりと合致している。

○ この破風の作品の中で 現在まで残ってきている断片が幾つかあり、その最も重要なものであるアテ−ナ女神の像は、頭部以外にも 上体と盾の一部、左手、外衣の吊れた襞の付いた右足と右脛など 略々完全に残っていて、ミリアデスが最近になって、これを組み立てて 正しい位置に据えた。長い下着のキトンを着て、突き出した右肩には 外衣を掛けている。今では亡くなってしまったが、女神は右手で 槍を高く持ち上げて、エンゲラドスを嚇かし 槍で突き刺しており、女神の眼はこの敵をじっと凝視したままである。突き出した左腕越しに 戦闘用武器の神盾イ−ジスを押し広げて 自分の身を護もり、裸のギガ−ス族を見下ろして 攻撃している。大蛇のギザギザとメドウサの頭が 飾りとしてこの神盾にくっ付けられていて、相手方のギガ−ス族を恐怖に陥し入れている。ヘルメットを取り巻く平たいバンドには 18 ケの孔が 等間隔に開いていて、女神のブロンズのロゼット(円花)飾りが付いていた。ブロンズの前立てが付いていて 女神の威風を示していたであろうが、今は無い。頭髪は波になって 額を縁取り、長いカ−ブ状に垂れ下がり、両耳の下ではばらばらになり、太い縒(よ)り房状になって 盾の前面に来ている。両耳には 丸い円盤状の耳飾りが付いていて、嘗てはその中心に 金属の装飾が付いていた。ゼウス神の像からは、雷電を持っていた手だけが 現存していて、傍らのケ−スに展示されている。破風の中央には 女神の像と同じ高さのゼウス神の像も亦 あったと思い込ませるに足るだけの徴候が、充分に示されている。

○ 群像全体の中で残存物が少なくて ギャップが沢山あるにもかかわらず、この彫刻家の技巧許りではなくて 生命と動きとに充ち満ちた 全体の構想の大胆な着想をも、褒め讃えることが出来る。エレトリアのアポロ神の神殿の破風は これより数年後に出来たものであるが、共に B.C. 6 世紀後期の代表的な作品であって、一方では イオニア地方の作家の 内から迸り出るような 柔らかくて穏やかなモデリングと、他方では アッテイカ地方の彫刻家の よりしっかりして気持ちが一段と集中した形態と コンパクトなスタイルとを、併せ持っている。この破風彫刻群は B.C.525 年頃の作品で、ア−ケイック期のギリシャ芸術の 最も重要なものの一つであり、ぴったりと隣り合わせになった二つの地方で作られた ギリシャ芸術の代表的な作品なのである。

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